リプレイ3 魔法の迷宮 ギャンブル狂いの犬獣人・ギャド

 「ちっ、ビキュウめ。もうちょい待ってくれてもいいんだろうよぉ」


 犬獣人の男ギャドは、自分が普段たむろしている賭博場元締め・狐獣人の女性ビキュウを思い浮かべてぼやいた。

 魔法の迷宮内の浮いた人の手のような魔物を手甲によるお手殺法で排除しながら、彼女の借金返済の催促を苦々しく思い浮かべる。


「遅れたら海に沈めてやるからな」


 

 ぶるり、とギャドの身体が震える。

 マジであいつならやりかねん、と今までの付き合い上そう思ってしまう。

 なので、この魔法の迷宮でお宝を探し当てて借金返済の資金に当てようという腹積もりだ。


「迷宮ってのはいいよな~。宝がざっくざくだ。お、ミミックじゃねぇか」


 宝箱に擬態するミミックという魔物。

 大抵の探索者は彼らの擬態にひっかかるが、ギャドに言わせれば子供だましもいいところだ。


「根性がなってねぇんだよな、ミミック」


 ミミックは”取りやすいところ”に自身の位置を置く。

 それは甘えた根性の持ち主を誘引するためであるが、そもそもそんな安易なところに貴重な宝は残っていないのだ。

 安易な場所にある宝箱は空かしょうもないものが入っているか、そうでなければミミックだ。

 わざわざそれに付き合うまでもない。

 ギャドは空の宝かミミックか確認せず先へと進む。


「分かれ道か。好きだよ俺はこういうの」


 ギャドはギャンブルが好きだ。

 金を稼ぐとかそういうのが目的ではなく、ギャンブル自体が好きなのだ。

 だから負けて財産が尽きるまでのめりこむ。

 そんなギャドにとって、なにがあるかわからない”迷宮の分かれ道”というギャンブルは好ましいものだった。

 その結果が幸運であるにしろ、不運であるにしろ。

 左右に分かれた道。

 特に迷いもせずギャドは右に進んだ。

 こういうものは迷っても時間を食って無駄にするだけだ。



「おっ?」


 分かれ道の先には、ギャドがいた。


「ドッペルゲンガーか」


 探索者の姿を真似るドッペルゲンガー。

 姿形はまさにギャドそのもの。


「ゲン公。なかなかやるよなぁ。本当に俺にそっくりだもんな。いや、少し俺の方が男前か? おわっ!」


 ぶんっ、とドッペルゲンガーの手甲お手がギャドの鼻先を掠める。

 鼻血を少し垂らして、ギャドは冷や汗をかいた。


「ふぅん。やるじゃねぇか。ところでゲン公、ギャンブルは好きかい?」


 ギャドはがさごそと、懐から水晶のようなものを取り出す。

 それをドッペルゲンガーに掲げて見せて、その説明を始めた。


「こいつは魔力を吹き込むと、俺かお前どっちが死ぬっていう貴重なマジックアイテムだ。確率は半々。受けてみるかい?」


 ぶんぶんぶん、と首を振って、ギャドの姿をしたドッペルゲンガーは一目散に逃げだした。

 どうやら姿までは真似られても、ギャドの狂気じみた提案は飲めないようだ。


「ハッタリだよ、根性なし。おっ、宝箱」


 ”ただの水晶”を懐に戻して、ギャドはドッペルゲンガーが守っていたであろう宝箱を発見する。

 魔物が守る宝箱、特にドッペルゲンガーのような厄介な性質を持つものが守るものは手つかずのことが多い。

 ギャドは宝箱の中身に期待を膨らませて蓋を開けた。これもまたギャンブルだ。




「はいよ確かに。もう借金するなよ」

 賭博場元締め・ビキュウは不満気にギャドから借金分の資金を渡された。

 どうにも期限内に返されたことが気に食わないらしい。

 実は海に沈める方を望んでいたのだろうか、とギャドは身震いした。


「けっ、それは約束できねぇな。俺は負けるまでやるからな」

「普通、ギャンブルの動機は金が欲しいとかそういうのじゃないかねぇ」

「普通はな、俺はギャンブル自体が好きなのさ。金はギャンブルで溶かすためにあるんだぜ?」

「はっ。理解できないね」

「しなくて結構。またそこ負けした時はよろしくな」


 ひらひらと手を振ってその場を去るギャドに、はぁ、とビキュウはため息で返すのだった。

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