リプレイ1 鯨の住む砂漠 ドワーフの画家・アーフとマジックトリガーハッピーアルラウネ・アウラ

 「それ、足はどうなってるんだ?」


 顔こそ人間の40半ばに見えるが小柄な男ドワーフのアーフは、旅の同行者である植物人のアウラという女性に尋ねた。

 彼女は上半身こそ人間のそれと変わりないが、下半身は植物の根にあたる部分となっていて、とても移動ができるものとは思えない。


「あー、これ? 本体の土のある場所と現在地を空間魔法で繋げて、結合表面の座標を移動させてんの!」

「普通に戦闘するより疲れないか、それ」

「あははー。むっちゃ疲れる!」

「そう……」


 どうにも腑に落ちないアーフではあったが、アウラ本人的には問題ないようなのでこれ以上触れないことにした。


 

 ここは太陽がじりじりと照り付ける砂漠。

 それ以外に特徴もないところではあるが、この地にはある噂があった。

 オアシスには鯨が住むと。


「オアシスに住む鯨。ぜひみたい。インスピレーションに繋がる!」

「画家さんは仕事熱心だねー。あたしは魔法ぶっぱなせりゃなんでもいいけど」

「ああ、頼むぞ。魔法使い」


 2人の前方に巨大な2つの鋏と尾を持った、スコーピオンの群れ。

 このサソリは毒は持たないが、単純な攻撃の斬れ味突き味が凄まじい。


「アウラ、私がひきつけ……」

「おらあ!!」

「うおお!?」


 アーフが、作戦――自分がひきつけ、その隙にアウラが魔法で狙う――を伝える前にアウラは緑の魔法陣を展開。

 魔法陣から光の魔法エネルギーそのものをぶっ放した。


「ちょっ、アウラ、危なっ! うおお!!」

「あっははは!! どけ、おっさん! 蠍は死ねぇ~~~!!」


 既にスコーピオンの群れは死んでいた。

 何の跡形もなく。

 アウラはぶっ放しに夢中で気づいていない。

 ただただ、状況にお構いなく極大のエネルギー光線を垂れ流す。

 魔力が尽きるまで。



「あ~。ごめんアーフ。魔力尽きた」

「ええ……。もしかして魔物と遭遇する度にこうなるのか?」

「まぁまぁ、マナ草キメるからさ~。ちょい待っててよ」


 魔力切れでようやく正気を取り戻したアウラが、魔力を回復させる薬草を人の口からバリボリと貪る。

 その食事風景はなんとも品がないものだ。


「それからアウラ。もうひとつ文句がある」

「なにさ」

「魔物の死体は残せ! スケッチできないだろ!」

「そこ~?」


 スケッチブックと筆ペンを掲げて顔を真っ赤にしてアーフが怒る。

 画家である彼は、様々なものに出会ってはスケッチを繰り返す。それは魔物とて例外ではなかった。


「アーフってさ~。変わってるよね」

「お前には言われたくない」


 変わり者2人はさらに進む。



「む、デンキハリネズミ! スケッチす……」

「ひゃっはぁぁぁぁ!!」

「アウラぁぁぁ!!」


 マナ草で魔力が全快していたアウラが、またも魔物を消し炭にした。

 デンキハリネズミは黄色の棘から放電する魔物なのだが、そんな能力は披露する間もなく、またアーフがスケッチする間もない。

 さらに天からアウラの無駄打ちが降り注ぐ。

 

「ぬおおおお。わしまで消し炭にされる~~~!!」

「ひははははは! くったばれぇ!!」


 くたばれもなにも、対象のデンキハリネズミはもう既にくたばっているではないかと、思いつつワーフは必死に魔力エネルギーの雨を避け続ける。

 アウラが再び魔力切れになるのには、3分ほどかかった。




「いやー打った打った! またマナ草を」

「キめるな!」


 ガッ、とアーフがマナ草をキめようとしたアウラの手を止める。

 その行動にアウラが理解できないといった様子で口を尖らせた。


「なんでよ~。魔力なかったら魔法打てないじゃ~ん」

「わしは打つなと言っている! 貴重な魔物が現れるたび、スケッチする間もなく消し飛ばされてはかなわんからな!」

「む~。わかったよ。あたしが魔法打ちたいのと同じくらい、アーフもスケッチがしたいのね」

「わかってくれたか。すまんが、しばらくはわしの方に譲ってくれ。2回もそっちの我を通されたからな」

「はいはい。お?」



 ふと、アーフたちがいる地点の砂漠の砂が沈んでいく。

 緩やかだった変化はやがて早まっていき、ボコン、と砂漠の中に窪みを作った。


「アリジゴクだ!」


 砂漠の砂に巣を作るアリジゴク。

 その虫の魔物がアーフとアウラを捕食せんと、流砂を作ったのだ。


「ぬおお!」


 アーフが斧でアリジゴクの中央部をざっくりと斬りつける。

 ぎぃぃ!と鳴き声を立ててあっさりとアリジゴクは絶命した。

 そしてアーフはスケッチブックと筆ペンで、アリジゴクを模写していく。


「ふむ、ふむふむふむ。アリジゴクの顎の構造はこうなっているのか! なるほどなるほど!」

「アーフたのしそ~」

「ぬおおお、やはり実物はいい。より正確に把握せねば」

「あっ、そうだ! 今のうちに」


 この時アーフは気づいていなかった。

 アウラ基準で”しばらく”経ってしまっていたことを。


 そして、2人はオアシスに辿り着く。

 砂一面に砂漠にぽつんと現れる救いの水場だ。


「一見なんの変哲もないオアシスだが……」

「鯨ねぇ……」

「おおおおおお!」


 雄たけび。

 オアシスに魚影が上がる。


「おお! でかいぞ! 本当に鯨か!?」

「……」

「アウラ?」


 アーフはアウラの身体がぶるぶると震えるのを見た。

 恐怖だろうか? 武者震いだろうか?

 答えは”どちらでもない”だ。


「ああああ我慢できねぇぇぇ!! くたばれ、でかぶつーー!!」

「ああっ!?」


 天より降り注ぐアウラの雷の魔法。

 それはひたすらに魚影を叩きつくした。

 執拗に、執拗に稲光りを砂漠の空に映して。

 術者の魔力尽きるまで。




「はー、すっきり」


 すっかり魚影は沈んでいた。

 魔力切れでやりつくして満足気な顔のアウラ。体を震わせるアーフ。


「アーフどしたの、おしっこもれそう?」

「違う!! さすがに鯨にぶっ放すのはなしだろ!?」

「いやー、本能には逆らえないっていうか」

「帰る!」

「あー、待ってよ、アーフ~」


 今回の探索、その大目的を邪魔されたドワーフ画家と、邪魔した魔法使いアルラウネは鯨の住む砂漠を後にするのだった。

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