リプレイ10 境界谷 行商人マートと鍛冶屋ルオ
凶悪な魔物住まう峡谷。
女行商人・マートはある商品の仕入れのため、ここに住まいを構える住人の方を目指していた。
「オーマのおっさんはいかにもな頑固じいさんだけど、ルオは変人よね。こんな危なっかしいところで店開いてるんだから」
同じく仕入れ先の魔道具職人のオークと、今回の尋ね人を思い浮かべながら、マートは辺りを見回す。
視界の左右に切り立った崖が並び立つ。
その端から飛翔する影。
マートはすぐさま腰の鞘からダガーを引き抜き、その影を切り裂いた。
「寝る時とかどうしてんだろ」
切り裂かれた影の持ち主はムササビ型の魔物。
致命傷を与えられて地面に落ちて、ぴくぴくと痙攣している。
マートはムササビ魔物を気にも留めず、深い峡谷の中を進んでいく。
「くあああ!」
今度は豹の魔物。それも群れるタイプだ。
「あ~、めんどい」
マートは面倒くさがるが、それは勝てないからではない。
単純に、量が多いのだ。
「ここは魔法でぱーっとやりますかぁ」
マートは懐から球を取り出して思い切り豹型魔物の群れの中央に投げつけた。
着弾と同時に、球は発光。大規模な雷が豹型魔物に降り注ぐ。
「あー。魔法弾使っちゃった。結構高いのに」
魔法弾。
なかに魔法を詰め込み、外部刺激を与えると内部の魔法が炸裂する魔道具。
かなり強力で、あらかじめ用意しているためその場で消費する魔力もない。
しかし値段はかなり割高だ。
持っておけば高く売れただろうな、と少し口惜しさを感じながらマートは倒れた群れの中をすり抜けて進んでいく。
「なに? ルオ、魔物飼ってんの?」
鍛冶屋の看板が置かれた建物の前に鎮座する、4つ足の赤いドラゴン。
それはさながら、扉を守る門番のようだ。
「ル―オ! 悪いけど、あんたのペットかもしんないドラゴン、仕留めるよ!」
マートはそう叫んで、ドラゴンの視線を下に向けるように、わざとわかりやすく突っ込んだ。
ドラゴンは顎下に潜り込んだ獲物に向けて喉元で炎を生成。放出した。
そこが、マートの狙いだった。
炎の吐息が届く前に、魔法弾をドラゴンの喉元に投げ入れる。
今度は、氷の魔法弾だ。
投げ入れられた魔法弾はドラゴンの喉に当たることで炸裂。
そのままドラゴンの口内で大規模な氷を生成した。
喉という呼吸器官を凍らされたドラゴンは沈黙。巨体が轟音を立てて峡谷に倒れ伏す。
「あー、本日2発目……。もったいない……」
お高い魔法弾を1日で2回も使ってしまった。
出費を頭に浮かべながら、マートは鍛冶屋の入り口をノックした。
「はい」
扉を開けてマートを出迎えたのは、美人という言葉が似合う銀の長髪の女性だった。
「ルオ、仕入れにきたよ」
「あらマート、こんにちは。なにが不足?」
「手甲を切らしてね。結構高く売れたし早めに補充しておこうかなって」
「わかったわ。作るから、1日待ってて。中に入ってていいわ」
「はーい。お邪魔しまーす」
マートが案内されたルオの生活スペースらしい部屋はやたら舞歌姫(アイドル)のルコ・ラインのグッズでいっぱいだ。
なんでも、ルコはルオの妹らしいが溺愛しすぎではないだろうか。
以前尋ねた時は映像魔法具でルコの舞台を見て限界極まっていた記憶がある。
「こんなんでも腕は確かだから不思議なものよねー。……眠くなってきちゃった」
ここまでの行程の疲れか、睡魔に逆らうでもなく眠りにつくマート。
日は進む。
「ん~?」
鼻をくすぐる、温かい匂い。
それにつられて、マートは寝ぼけまなこをこすって身体を起こした。
「あら、起こしちゃった?」
「あー、いいよいいよ。なるべく急ぐ予定だったし」
「そう。もう少しゆっくりしていってもいいのに」
「ま、あたしもこれで忙しいのだ。それで、できてる?」
「もちろん」
完成した鉄の手甲を手渡されて、確認するマート。
軽く叩いたりもしてみる。
「ほい、確かに。じゃあ、これお代ね」
ルオに作成依頼費を手渡して、鍛冶屋を後にするマート。
この手甲を、アホな探索者に割高で売りつけるのだ。
前回は客が見栄っ張りで、そのツレもおだてていたので結構な額儲かった。
またカモを見つけるぞと意気込んで、守銭奴行商人マートの旅は続くのだった。
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