リプレイ19 兎平野 旅人ケイとアマリー、英雄志望の女の子・ハティ
兎平野。
一般的に出没する魔物が弱い場所だが、この平野にはこんな噂がある。
『夜の兎には気をつけろ』
「いやー、噂の2人の活躍、目の前で見られるなんて光栄です、勉強します」
先往く2人の旅人を見て、純粋という言葉がこれほど似合うものもない目を輝かせるのは駆け出し冒険者のハティ。
そんなハティの曇りなき眼で見つめられているのは、ケイとアマリーの人間(女)と魔族(女)の旅人コンビだ。
「え、噂になってたんですか。悪い噂ですかね?」
「この反応で悪くはないでしょ……。ちなみにどんな噂になってるの?」
敬語でややボケ気味なことを言うケイと、ツッコミ寄りな返事を返すアマリー。
アマリーが、直接的に自分たちがどういった噂になってるのかキラキラと目を輝かせるハティに聞いてみることにした。
「女性2人の漫才コンビって、すごく噂されてます!」
「漫才……」
良くも悪くもない……いや、どちらかというと悪いよりじゃないかこれと気持ちを巡らせるケイとアマリー。
そんな様子を気にも留めず、ハティはふん、と鼻息を鳴らしてべちゃくちゃと語り始めた。
「お二人は漫才ができるほど、息の合ったパートナーってことですよね! あたしにもそんなパートナー、できるといいなぁ。それであたしも噂になっちゃったりして~」
どうやらこの駆け出し少女は、妄想がお好きなようだ。
しかしケイとアマリーは息の合ったという考えは悪くないなと、お互いを見合わせる。
そうしてなんだか子供めいたハティの頭を同時に撫でていた。
「はっ! こ、子供扱いしないでください」
ぷぅ、とハティが頬を膨らませる。
さすがにやりすぎたか。ごめんなさい、とケイとアマリーの手がハティの頭から離れた。
「いや~年頃の子の扱いって難しい」
「あたしから言わせりゃあんたも年頃の娘も」
「え~、なんですかそれ」
「仲いいなぁ~」
本当に和気あいあいとした空気だが、ケイたちはここに探索に来たので。
こつんと、ハティになにかがぶつかった。
「わっ、ごめんなさい。……うわぁ!?」
ハティにぶつかったなにかは魔物だった。
ガルーという有袋類の二足歩行の獣。
魔物中では弱いが、それは魔物の中での話。
いくら弱くても魔物は脅威なのだ。
「ハティ、そのまま!」
ケイがハティの頭上でダガーを振り、ガルーの首を切り裂いた。
ぼとりと頭が落ちて、残った胴体が地面に倒れ伏す。
「はぁ~~~~」
「あんまり油断しちゃ駄目ですよ」
危機を救われた解放感からため息をついたハティに軽くケイが注意する。
ケイとアマリーはかなりの手練れだ。
雑談の最中でも気を張って周囲を警戒している。
ハティは雑談に意識をつられてしまったようだ。
「げっ、ケイ、もう夕方!」
「ええ!? 急いで離脱しましょう」
「あの? なにかあるんですか?」
焦る旅人コンビに対して、ハティはきょとんとした顔だ。
それにケイはああ、そうかとなにか納得した様子で、アマリーははぁ、とため息をついた。
「失礼」
「わぁっ!?」
ケイがハティを抱きかかえる。
そしてそのまま探索者が拠点とする村の方に向かって駆け抜ける。
「どうしたんですかぁ~!?」
「兎が、出るんですよ!」
「うさぎ!? あの可愛い兎さん!?」
「いんや、ケイが言ってるのは全然可愛くない兎!」
ケイの後ろにガルーの群れ。
慣れていないハティなら苦戦するかもしれない。
しかしケイもアマリーもガルーなど敵ではなかった。
ではなぜ逃げるのか。
理由は単純。ガルーより強い魔物が迫っているからだ。
ガルーの群れの首が次々と刎ねられていく、そしてその首が空いたスペースから姿を現したのは。
兎だ。赤い目をした、首刎ね兎。
「ひぃぃ~~~!!」
ハティがびびって声をあげてしまう。
そのびびりようは今にも意識を手放して気絶してしまいそうなほどだ。
「アマリー!」
「はいはい!」
ケイの指示でアマリーが兎たちの前に魔法防壁を展開する。
それも兎の鋭い縊り攻撃の前にわずかに時間を稼ぐだけにとどまった。
とはいえ、その僅かな時間が首の皮1枚繋ぐアドバンテージになる。
「とぉりゃぁ!」
ケイが、ハティを抱えたまま整備された街道に飛び込み、アマリーも続いた。
さきほどまで殺気立って少女たちを追いかけていた兎たちがこれ以上近づいてくる様子はない。
整備された通り道には魔物除けの結界が張られているからだ。
赤い目の兎たちはしばらくすると、侵入が無理だと悟ってか踵を返して平野の方に戻っていった。
ふぅ、とケイがようやくため息をついて呼吸を整える。
「ごわかった~」
ケイに抱えられたハティも緊張の糸が解けたのか、豪勢に泣き出してしまう。
それを見て、ケイはよしよしと、子供をあやすようにハティを撫でた。
「子供扱いしないでぐださい~」
なおも子供扱いを嫌がるハティ。
ケイはまた、年頃の子って難しいなぁ、とアマリーに目で訴えた。
アマリーも、やれやれといった感じで困ったように微笑み返すのだった。
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